社会福祉法人大泉旭出学園は現在、障害者支援施設の運営を中心とする福祉事業を行っています。その源は、昭和25年に東京目白の徳川邸の一隅に、知的発達に遅れのある子どもの、全く私的な教育施設として発足した「旭出学園」です。
 
 当初は園児14名の小さな学園でしたが、個人的な経営では発展性に乏しいので、昭和35年に
学校法人旭出学園を設立し旭出養護学校を開校。規模も小学部・中学部・高等部という構成になりました。そして高等部の卒業生が出ることになりました。

 しかし一般社会に出て就職していくことがむずかしかったため高等部卒業後も卒業生はみなそのまま学校に留まって学校内の作業実習場に就職して働くという名目で学校に残っていられるようにしました。

 卒業後も学校に留まれるようにしたのは、募集に応じてきた園児たちの発達の遅れの程度がかなりなもので将来の予想がつめなかったためです。

 そこで、その両親の協力を得ることを条件に園児たちの成長発達に対応した教育の内容や方法を講じながら、学園そのものも発展させていくために “卒業” ということにはこだわらないでやっていこうと考えたからです。しかしいつまでもそれでよいわけではないので、高等部卒業生の働く場をつくろうということになりました。

 旭出養護学校の卒業生の健康状態や情緒的な安定性などの面を考慮した場合、将来の生活の場としては都会的環境の中でもよいと思われるケースと農山村的で環境的刺激の少ない自然に恵まれたところでの生活のほうがよいと思われるケースがあることから、働く場としての施設を都会的環境と農山村的環境の両方につくることが理想と考えました。

 そのための土地探しや建設資金の工面などして昭和47年に富士宮市に
社会福祉法人富士旭出学園を設立し、授産施設「富士厚生園」を開園。続いて昭和49年に社会福祉法人大泉旭出学園を設立し、旭出養護学校(現:特別支援学校)の隣接地に授産施設「旭出生産福祉園」を開園しました。そして昭和61年に千葉県小見川町(現在は香取市)に更生施設「大利根旭出福祉園」を開園するなどして現在に至っています。


◆学校法人旭出学園


◆社会福祉法人富士旭出学園








   「旭出」の名称について



 東京目白の徳川邸の一隅に、法人格もないままに発足した「旭出学園」は現在、学校法人旭出学園/社会福祉法人富士旭出学園/社会福祉法人大泉旭出学園の三つの法人組織となって、教育と福祉の事業を行うに至っています。

 この三つの法人は、法規的にはそれぞれ独立した法人ということになりますが、その源はひとつであり、単に「旭出学園」と呼ぶ場合は、これら三つの法人の運営するすべての教育施設と福祉施設等の総称ということになります。

 「旭出」という名称は、学園が発足した目白町が、かつて豊嶋郡長崎町字旭出といわれており、それからとったものです。

 障害の有無にかかわらず、人の一生には多様な生き方の可能性が秘められていると思います。
 学校法人旭出学園・社会福祉法人富士旭出学園・社会福祉法人大泉旭出学園の三つの法人はそのような“人の一生”にかかわる教育と福祉の事業を意図するものです。

 したがって「学園」というのは、教育と福祉にかかわる実践の積み重ねを大切にしながら、“生涯の教育と福祉を追求する場”という意味です。

   生涯教育は生涯福祉に通ずるものと考えます。






事業の特色とご支援のお願い

法人設立の経緯